2008.10.14
セツコっていっても「火垂るの墓」じゃないですよ(←当たり前だ)
石川啄木の妻、堀合節子の生まれた家があったところは、いまは岩大の植物園になっています。その中に井戸が残っていました。古図面などの検証の結果、これが節子たちが使っていた井戸そのものであると判明したのだそうです。
さきほど、その当時と同じように復元した井戸の除幕式がおこなわれました(今日は節子生誕122周年の日)。
除幕しているのは、(右から)盛岡市長・岩大学長・元学長です。どの報道機関よりも早く速報!(笑)
新しい岩大の名所ができました。
復元された井戸はこんな感じ。井戸は今でも枯れていないらしい。
岩手大学ミュージアムの説明書きによると、
「井戸枠は盛岡地方に多くみられる方法で組み、その石材は盛岡産白みかげ石(ゴマ石)を使用した。
柱は岩手大学寒冷フィールドサイエンス教育研究センター(演習林)山林の原木を使用した。
鉄製の滑車は盛岡市本町の旧家で使用されたものである。」
――ということです。
屋根も当時の雰囲気でした。
「井戸枠の蓋には石川啄木夫妻の短歌をそれぞれ一首ずつ刻んだ」ということですが、見るの忘れてた……。みなさんも、ぜひ現地でご確認ください。
となりのガラス温室では、パネル展示も。僕も入ったの初めてだよ。
詳しくは、
◆ 岩手大学ミュージアム(主催)
http://www.museum.iwate-u.ac.jp/
◆ 石川啄木記念館(共催:外部リンクです)
http://www.takuboku.com/
付記:「堀合」を「堀内」と誤記してました……。ご指摘ありがとうございます。